なまけものメガネの活動記録

暑さ寒さ早起きが嫌いな独身男の散歩と読書と思いつき記録

南北の谷端川緑道を歩く

年が明け、穏やかな気温に誘われて近所を散歩していると、不意に目に入った板橋駅西口そばにある、かつての橋の跡が気になった。

以前から橋跡の存在は認識していたし、付近に下水道局の境界標が埋められていることも知っていたのだが、それ以上のことを考えもしなかった。

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しかし急に、川を暗渠にして下水管が通っているから下水道局の境界標が埋められているのだ、と直感してカメラ片手に歩道を歩き始めた。

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「国土交通省国土政策局「国土数値情報(行政区域(東京)及び鉄道(全国)データ」をもとにid:nmkmn-mgnがQGISを用いて編集・加工、歩行経路(緑の線)は適当です」

板橋駅西口の南側にある歩道の入り口をよく見てみると「谷端川*1児童遊園」となっていて、川の名前が残っている。

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歩道は東武東上線下板橋駅周辺までほぼ西に向かって設置されていて、それを南北に渡るように発端となった「一の橋(いちのはし)」から三の橋まで存在している。

下板橋駅周辺で歩道が途切れる感じに見えたが、線路を渡った右手に再び同じような歩道がある。

線路を渡るあたりで板橋区から豊島区に入り、ここからの歩道は豊島区 谷端川北緑道として整備されている。

この歩道がどこまで続いているのか確認しようと先へ進む。所々にかつての橋が名前と橋の形を残して存在している。

「豊橋」で進路を南に変えて、あとは一本先に山手通りを眺めながら池袋方面へ進む。というよりも、山手通りが谷端川沿いに作られたというほうが実情だろうか。

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「国土交通省国土政策局「国土数値情報(行政区域(東京)及び鉄道(全国)データ」をもとにid:nmkmn-mgnがQGISを用いて編集・加工、歩行経路(緑の線)は適当です」

途中、川越街道を渡り、少し進んだところで谷端川南緑道の看板がある。この辺りまでは歩道が板橋区と豊島区の境になっており、右を見れば板橋区、左を見れば豊島区という風景が続く。

基本的に一本道で「緑道」の名前通り木が植えられいて、景色を眺めながら自動車を気にせず散歩ができる。

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有楽町線の要町駅を通り過ぎ、交差点の名前になている「霜田橋」を抜けると最後の一直線になり、西武池袋線の線路手前で緑道は終わる。だいたい全長3km程度で、ゆっくり歩いて一時間程度で歩き終える。

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帰宅後、今昔マップを見ると「1965年~1968年(昭和41年改測)」の地形図までは谷端川の存在を確認できるが、それ以降の地形図では道として表記されている。豊島区 谷端川南緑道によると「河川としては昭和37年*2に廃止され」たそうだ。

また、今回のスタート地点とした谷端川児童遊園からさら手前側に下水道局の境界標をたどると、JR板橋駅東口のアパホテル横の細長い通路のような部分を抜けたところで境界標は見つからなくなる。

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下水道局 下水道台帳によると、下水道「谷端川幹線」は、このあたりで向きを変えて北に進むようだ。

普段歩き慣れている道でも、見方を変えたり少し先に進んでみると、いつもとは違う風景を見ることができると改めて感じたid:nmkmn-mgnだった。

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*1:やばたがわ

*2:1962年